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アーカイブ002 橋本晴男先生

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JAWHOセミナー「大規模災害における避難者の健康と避難所環境について~令和6年能登半島地震を踏まえて~」での橋本晴男(当社団理事、元東京工業大学特任教授、橋本安全衛生コンサルタント合同会社社長)のご講演の要約を掲載いたします。

大規模災害における避難者の健康と避難所環境について
~令和6年能登半島地震を踏まえて~

能登半島地震における避難所の環境調査報告:空気質の実態と対策の提案

能登半島地震では、災害関連死が直接死を上回る深刻な事態となり、その一因として避難所の過酷な生活環境が指摘されています。特に、感染症の集団発生(クラスター)が報告された避難所もあり、室内環境の確保が喫緊の課題となりました。
本稿では、専門家が石川県志賀町の避難所を対象に実施した環境調査の結果と、科学的知見に基づく具体的な対策について解説します。
調査の概要:アンケートと環境測定
調査は、避難生活の実態を多角的に把握するため、アンケートと実地測定の二つの手法で実施されました。
アンケート調査
避難経験者への調査では、「不快な匂い」「咳をしている人」など、衛生環境や感染症への懸念が多数寄せられました。
避難所管理者への調査では、最大の課題として「感染症対策」が挙げられ、調査した全ての管理者が、空気清浄機を「避難所の必須設備」と回答しました。
空気環境の測定と評価
感染症リスクの指標として、室内の二酸化炭素(CO₂)濃度を避難生活時の状況に即して推定しました。CO₂濃度は換気状態を客観的に示す指標であり、厚生労働省の基準や学校保健安全法に基づき、1500ppm以下を許容範囲と設定しました。
調査結果:換気停止による空気質の著しい悪化
調査対象となった志賀町の避難所施設(2施設13室)において、換気状態をシミュレーションした結果、以下の事実が判明しました。
換気装置の停止時:
夜間の寒さ対策などの理由で換気装置を停止した場合を想定すると、調査した10室のうち8室でCO₂濃度が基準値の1500ppmを超過し、平均では2310ppmに達すると推定されました。これは、多くの避難所で空気質が悪化し、感染症リスクが高まっていた可能性を示唆します。
換気装置の稼働時:
一方で、施設に備え付けの換気装置が適切に稼働していれば、ほぼ全ての部屋で良好な空気質が保たれることも確認されました。これは、設備の有無ではなく、その適切な運用が課題であったことを示しています。
対策の有効性検証:空気清浄機の導入効果
換気が不十分な状況を改善する手段として、空気清浄機の有効性を実証実験とシミュレーションで検証しました。
実証実験による効果の確認
実際の避難所の部屋で粒子状物質(煙)を発生させ、空気清浄機による除去効果を測定したところ、室内の換気能力を2.7倍に強化できることが実証されました。
シミュレーションによる環境改善効果
空気清浄機を「避難者10人あたり1台」の割合で設置したと仮定して再度シミュレーションを行った結果、CO₂濃度が基準値を超えていた全ての部屋で、空気質が良好な水準まで改善されることが確認されました。
結論と提言
本調査から、避難所の空気質は特に夜間などに悪化しやすく、感染症リスクを高める一因となっていた可能性が強く示唆されました。一方で、空気清浄機の設置は、このリスクを大幅に低減できる極めて有効な対策であることが科学的に実証されました。
以上の結果を踏まえ、当機構として以下の提言をいたします。

  1. 避難所への空気清浄機の配備は、感染症対策や衛生環境改善に極めて有効であるため、強く推奨される。
  2. 発災後の混乱期に配備することは極めて困難であるため、「平時からの備え」としての導入を推進すべきである。具体的には、自治体等が指定する避難所施設に対し、平常時から空気清浄機を導入・活用し、災害発生時には直ちに避難者のために運用できる体制を構築することを提案します。
  3. 備蓄・配備する空気清浄機は、長期的な性能維持、静音性、フィルター交換が不要であるなど、メンテナンスの容易さを要件とすることが望ましい。