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アーカイブ002 辻口博聖先生

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JAWHOセミナー「大規模災害における避難者の健康と避難所環境について~令和6年能登半島地震を踏まえて~」での辻口博聖先生(金沢大学 医学系 衛生学・公衆衛生学 特任助教)のご講演の要約を掲載いたします。

演題:能登半島地震後の志賀町における避難者のこころと体の健康調査結果から見えた課題

能登半島地震後の健康調査報告:避難者の心身の健康から見えた課題

2025年1月1日に発生した能登半島地震は、石川県能登地方に甚大な被害をもたらしました。本稿では、金沢大学の研究グループが発災以前から連携してきた石川県志賀町を対象に実施した、被災者の心身の健康に関する調査結果と、そこから見えてきた課題について、専門家の講演内容に基づき報告します。

能登半島地震の被害と特徴

今回の地震は、特に高齢化が著しい地域を襲った災害です。志賀町においては、老年人口割合が41.8%に達しており、災害弱者への影響が懸念されました。

被害の大きな特徴として、住宅の全半壊率が38.17%と、東日本大震災(9.54%)と比較して極めて高かった点が挙げられます。これにより、多数の住民が長期の避難所生活を余儀なくされました。また、直接死に対して災害関連死の占める割合が高いことも、今回の災害の深刻さを示しています。

被災者健康調査の概要と主な結果

研究グループは、避難所生活者および在宅避難者を対象に、国際的に広く用いられている健康状態調査票(SF-12)を用いた調査を実施しました。SF-12は、身体的および精神的な健康度を数値化する指標で、得点が高いほど健康状態が良好であることを示します。
調査から明らかになった主な結果は以下の通りです。

  1. 避難所生活者における健康状態の低下
    自宅で生活する被災者と比較して、避難所で生活する人々は、身体機能、活力、心の健康など、全ての項目において健康スコアが有意に低い結果となりました。
  2. 特に女性に見られた顕著な影響
    避難所生活が健康に与える負の影響は、男性よりも女性においてより顕著に観察されました。
  3. 75歳未満の女性における深刻な影響
    女性の中でも、地域社会の活動を担う中核世代である75歳未満の女性において、活力や心の健康のスコア低下が特に著しいことが判明しました。

健康状態悪化の介在要因:避難所の室内環境

なぜ避難所生活者の健康状態が大きく損なわれたのか。その要因を探るため、避難所の室内環境に関するアンケート調査の分析が行われました。

その結果、特に女性の避難所生活者において、「換気不十分」「匂いの悩み」「防犯・プライバシー上の不安」「避難スペースの狭さ」といった室内環境に関する問題を訴える割合が、自宅生活者に比べて有意に高いことが明らかになりました。

さらに、これらの環境への不満を抱える人ほど、健康スコアが低いという強い相関関係が見られました。このことから、避難所の劣悪な室内環境が、避難者の心身の健康を損なう大きな要因となっている可能性が強く示唆されました。

結論と今後の課題

今回の調査から、避難所生活は、特に社会活動の中核を担う世代の女性をはじめとする特定の層の健康を著しく損なうリスクがあることが明らかになりました。

今後の災害支援においては、以下の点が重要な課題となります。

  • 避難生活によって健康を損ないやすい層を早期に特定し、重点的な支援を行うこと。
  • 避難所の室内環境(換気、プライバシー、衛生状態など)の改善が、被災者の心身の健康を守る上で極めて重要であると認識し、対策を講じること。
  • 対策を検討する際には、最も影響を受けやすい人々の視点を取り入れること。